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「最近、人の名前がすぐに出てこない」「物をどこに置いたか忘れることが増えた」――年齢を重ねる中で、こうした変化に気づき、「これは年のせいだろうか、それとも認知症の始まりだろうか」と不安を感じる方は少なくありません。
物忘れには、誰にでも起こる「年齢相応のもの忘れ」と、将来的な認知症のリスクにつながる「軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)」、そしてすでに生活に支障が出ている「認知症」があります。このコラムでは、この3つの違いと、どのような場合に受診を検討すべきかについてお伝えします。
「年のせい」の物忘れとは
加齢に伴う物忘れは、誰にでも起こる自然な変化です。人の名前や単語がとっさに出てこない、以前と比べて物覚えが悪くなった、といった経験は、年齢を重ねる中で多くの方が実感することです。
この「年齢相応のもの忘れ」の特徴は、「体験の一部を忘れる」という点です。たとえば、食事をしたこと自体は覚えているが、細かいメニューを思い出せない、といった具合です。また、ヒントがあれば思い出せることが多く、日常生活に大きな支障をきたすことはありません。本人が物忘れを自覚し、心配していることも多いです。
MCI(軽度認知障害)とは何か
MCI(軽度認知障害)は、正常な老化と認知症の中間に位置する状態です。記憶などの認知機能の低下がみられるものの、「日常生活や社会生活に支障が出ている」という認知症の診断基準は満たさない状態を指します。
ここで整理しておきたいのが、日常生活動作(ADL)の中でも「基本的ADL」と「手段的ADL(IADL)」の違いです。基本的ADLとは、食事・着替え・入浴・移動など、生活の基本となる動作を指します。一方、手段的ADL(IADL)とは、買い物・料理・金銭管理・服薬管理・交通機関の利用など、より複雑で判断力を要する動作を指します。
MCIの段階では、基本的ADLは保たれているますが、一方で手段的ADL(IADL)については、「正常」の場合もあれば、「軽度の支障が生じている」場合も含まれるとされています。たとえば、以前より買い物や金銭管理に時間がかかるようになった、メモや家族の手助けがあれば対応できる、といった程度の変化であれば、MCIの範囲に含まれうるということです。この「基本的ADLは自立しているが、生活に支障をきたすほどではない範囲でIADLに軽度の変化が出ている」という状態が、MCIと認知症を分ける重要なポイントになります。
MCIと診断された方のすべてが認知症に進行するわけではありません。中には状態が安定する方や、正常な状態に戻る方もいます。一方で、一定の割合の方が将来的に認知症に移行することが知られており、早期に気づき、適切に対応することの意義が注目されています(詳しい経過については後述します)。
MCIの背景にある病気について
MCIは単一の病気ではなく、さまざまな原因によって生じうる「状態」です。背景には、アルツハイマー病やレビー小体病といった、将来的に認知症の原因となりうる神経の病気が多く関わっています。東京都健康長寿医療センターの資料によると、認知症の原因の約7割をアルツハイマー病が占めており、MCIの原因としてもアルツハイマー病が占める割合は約5割とされています。MCIの原因がアルツハイマー病である場合、認知症へ進行する可能性が比較的高いと考えられています(東京都健康長寿医療センター「軽度認知障害(MCI)」)。
一方で、MCIのような症状(もの忘れや認知機能低下)を引き起こす原因の中には、治療によって改善が見込めるものも含まれています。慢性硬膜下血腫や正常圧水頭症といった脳の病気(外科的な治療の対象となることがあります)、うつ病、ビタミンB群・葉酸や甲状腺ホルモンの不足、服用中の薬剤の影響などがその例です(東京都健康長寿医療センター「軽度認知障害(MCI)」)。こうした治療可能な原因が隠れていないかを確認することも、MCIの評価において重要な意味を持ちます。
MCIと診断されたあとの経過(予後)はどうなるのか
MCIと診断された後の経過は一様ではなく、個人差があります。東京都健康長寿医療センターの資料によると、MCIから1年間で認知症に進行する方の割合は5〜15%程度、逆に正常な認知機能に回復する方の割合は16〜41%程度と報告されています(東京都健康長寿医療センター「軽度認知障害(MCI)」)。
なお、国立長寿医療研究センターの「MCIハンドブック」では、医療機関でMCIと診断された方が認知症に移行する割合は「1年で1割程度」とされています。地域住民を対象とした調査に比べて、医療機関を受診してMCIと診断される方は症状がやや進んだ段階にあることが多いため、進行の割合がやや高めに出る可能性が指摘されています。
また、九州大学が福岡県久山町で行っている大規模な地域住民調査(久山町研究)では、MCIと診断されてから5年後に約3割の方が正常な認知機能に戻っていたと報告されています。この研究では、糖尿病がない方、手段的ADL(IADL)の障害がない方は、正常な状態に戻りやすい傾向があったことも示されています。ただし、これは生活習慣を改善すれば必ず正常に戻れるということを意味するものではなく、あくまで観察研究で示された関連性です。
このように、MCIは「認知症の前段階」として不安を感じやすい診断ではありますが、その後の経過は一人ひとり異なり、正常な状態に戻る可能性も一定程度あることが、複数の研究で示されています。
認知症とはどう違うのか
認知症は、記憶障害に加えて、判断力・見当識(今がいつで、ここがどこかを認識する力)・言語能力などの認知機能が低下し、その結果として「日常生活や社会生活に支障が出ている」状態を指します。
MCIとの違いは、生活への支障が「ある・なし」というより、その程度の違いとして捉えるとわかりやすいかもしれません。MCIの段階でみられる手段的ADL(IADL)の変化は、時間がかかる・メモや工夫で対応できるといった軽度なものにとどまります。一方、買い物や金銭管理、服薬管理などを一人で行うことが難しくなり、周囲の継続的なサポートが実際に必要になってきた場合は、認知症の段階に進んでいる可能性があります。
また、認知症では「体験そのものを忘れる」ことが特徴的とされます。たとえば、食事をしたこと自体を忘れてしまう、約束をしたこと自体を覚えていない、といった形です。ヒントを与えても思い出せないことが多く、本人が物忘れを自覚していない(周囲の方が先に気づく)ケースも少なくありません。
見分けるポイントを整理すると
年齢相応のもの忘れ・MCI・認知症を厳密に区別するには専門的な評価が必要ですが、次のような視点が目安になります。
「体験の一部を忘れる」か「体験そのものを忘れる」か。「ヒントがあれば思い出せる」か「ヒントがあっても思い出せない」か。「日常生活は自立している」か「生活の一部にサポートが必要になってきている」か。「本人が心配している」か「本人よりも周囲が先に気づいている」か。これらはあくまで目安であり、実際にはこうした特徴が混在することも多いため、気になる変化があれば自己判断せず、専門医に相談することが大切です。
MCIと言われたら、何をすればよいのか
MCIの段階で重要なのは、「まだ認知症ではないから大丈夫」と放置せず、かといって過度に不安にならず、できることに取り組むことです。
生活習慣の面では、適度な運動、バランスの取れた食事、十分な睡眠、社会的なつながりを保つこと(人との交流、趣味の継続など)が、認知機能の維持に役立つ可能性があるとされています。また、糖尿病・高血圧・脂質異常症といった生活習慣病の管理も、脳の健康を保つうえで重要です。前述の久山町研究でも、糖尿病のコントロールや手段的ADL(IADL)の維持が、正常な認知機能への回復と関連していたことが報告されています。難聴がある場合は、補聴器などで適切に対応することも勧められています。
あわせて、MCIの原因となっている病気がないかを確認することも重要です。物忘れの背景に、後述するような「治療によって改善しうる病気」が隠れている場合もあるため、専門的な評価を受けておくことには意味があります。
当院での評価について
当院では、問診や認知機能検査(スクリーニング検査)を通じて、現在の記憶・認知機能の状態を確認します。また、頭部CT検査を院内で行うことができ、脳出血・脳腫瘍など物忘れの原因となりうる病変の有無を確認します。より詳細な画像評価(MRI検査や脳血流SPECT)が必要な場合は、近隣の連携医療機関で速やかに検査を受けていただける体制を整えています。
「最近、物忘れが増えた気がする」「家族から物忘れを指摘されるようになった」「これは年のせいか、それとも何か対応が必要な状態か知りたい」という方は、どうぞお気軽にご相談ください。早めに現状を把握しておくことは、将来に向けた安心にもつながります。
※本コラムは、地方独立行政法人東京都健康長寿医療センターの公開情報、国立長寿医療研究センター「MCIハンドブック」、および久山町研究(九州大学)の報告など、2026年8月時点で公開されている情報にもとづく一般的な医療情報です。MCIの経過や原因、進行しやすさには個人差があり、記載した数値はあくまで報告された研究における平均的な傾向です。実際の診断・評価は、症状やご事情を踏まえて医師が行います。気になる症状がある場合は、自己判断せず、専門医にご相談ください。
最終更新日:2026年8月16日

おおはら脳神経クリニック
院長 大原信司
福岡市うまれ、九州大学医学部卒業。
日頃の診療においては①患者様の話をしっかりと聞くこと、②診察と説明に十分に時間をかけること、の2点を心がけています。
- 日本脳神経外科学会専門医
- 日本臨床神経生理学会専門医
- 日本定位・機能神経外科学会技術認定医
- 迷走神経刺激療法(VNS)資格認定医
- 定位頭蓋内脳波(SEEG)資格認定医
- バクロフェン髄注療法(ITB)資格認定医 など
- 日本脳神経外科学会
- 日本てんかん学会
- 日本定位・機能神経外科学会
- 日本臨床神経生理学会 など



